公立総合病院における診療録電子化のあり方
川合正和1、笠島直子1、川合厚子2
1 南陽市立総合病院耳鼻咽喉科 2 公徳会佐藤病院内科
1.はじめに
2000年開院予定の公立置賜総合病院の電子カルテ化問題に現場医師として携わった結果、すでにある電子カルテ化した個人医院や私立病院とは別の立場に立つ電子カルテ論を構築する必要に迫られた。個人医院の電子化に当たっては推進者がそのまま現場の指揮者を兼ねるためことさら現場とは何かを論ずる必要がないのに対し、公立総合病院と言った大きな組織の問題では推進者と現場の間に考え方の食い違いを生みやすいからである[1]。
著者自身が臨床医として日常体験している患者との接遇、現場のシステムと考え方等の知識に基づき、現場から見た診療録電子化のありうべき姿を述べる。
2.診療録電子化の方法
1)入力担当者
現在のカルテの主たる記載者は医師・看護婦であり、引き続き医師・看護婦が直接電子化入力を担当することを前提に考えることが妥当と思われる。新たな入力者を置くこととを前提に計画を進めたとしても、最後はコスト問題になるからである。
2)文字情報の入力方式
入力方式として現実的であるのはキーボードによるワープロ方式[2]とテンプレート方式[3]のみである。キーボードアレルギーによる現場の反対を避けるためスキャナーやタブレットから入力しようとの試みや提案も見られるが、スキャナー、タブレットからのイメージ入力では情報の劣化が著しい[4]上に検索などの機能が使えず総合病院で使いうる方法とは言い難い。またイメージで取り込んだ情報をテキスト変換しての入力は変換率が低く[4]現場で使いうる方法ではない。音声ワープロについては今後の発展に期待するものの発展途上と言わざるを得ない[5]。
テンプレート方式で誤解を生みやすいのは、本方式ではあらかじめ選択枝を用意してその一つを選んで入力することも出きる[3]ため、キーボードを使わなくとも良いという簡便性が強調されることである。しかるに診療情報のうち選択だけで入力できる情報はそう多くはなく、そのような情報の入力に当たってはキーボードより打ち込むしか方法はない[3]。あくまでキーボードへの熟達を前提として、補助的にマウス等による選択方式があると理解すべきである。
3)画像情報の入力方式
図を手描きして入力する方式(タブレット[4]、スキャナー)、あらかじめ用意された図(シェーマ)を選択しそれに書き加える方式、図を描かずにデジタルカメラで直接写真を撮って入力する方式とに分けられる。
タブレット方式の内、入力と出力を同一画面で行うタイプでは、精細な図が書き込めず[4]、多くの情報を書き込もうとすれば大型のタブレットを用意するか、何枚にも分けて描くことが必要となることである。入力専用のタブレットで高精細な情報を入力できるも出てきたが、目は画面を見ながら手をタブレットの上を描くと言った芸当は疲れるものであり、日常的にやれるものではない。
スキャナー方式では、入力については精細な図を取り込むことが可能であるが、表示に際してモニターの解像度の制約を受ける。単純な計算として300dpiで1インチ四方の情報を取り込んだ場合、情報量は9万画素に相当する。これを96dpiの解像力を持つモニターで表示した場合、1インチ四方に含まれる画素数は9216画素、9万画素すべてを表示するためには3.1インチ四方、面積にして9.8倍を要する。画像の荒い原サイズ表示ではおよそ使いものにならないし、いちいち拡大表示したのでは他の仕事に差し支える。科によっては有効と考えるが、精細な図を多用する耳鼻科医たる著者の見解としてはタブレット・スキャナーとも使いづらいと言わざるを得ない。
シェーマを呼び出しそこに情報を書き足す方法は方法は、いちいち図を描く必要がないこと、最初から美しい図を用意することができ患者にも説明しやすいなど手書きより有利な点も多く、場面によっては有用と考えられる。ただし耳鼻科医たる著者の見解としては本方式は到底使いものにならない。シェーマは素人目に美しく見えても、訓練された医師が目で見てその場で描く図とは本質的に異なるからである。
デジタルカメラで局所所見を写真に撮り入力するという方法は、従来インスタントカメラで撮った写真をカルテに張っていた行為の代用として有用である。ただし図を描く代わり使おうという発想は誤りである。図と写真とは適材適所で使いわけるものだからである。
3.電子化の範囲
電子化の範囲を決定するに当たっては、容易な場合、困難な場合、議論して決めるべき場合の三つに分類することが妥当と考えられる。電子保存が認められた現在でも、電子化できなかった情報は紙の形で保管する必要があることは明白であり、カルテ室のスペースを確保しておくことは重要と考えられる。
1)容易な場合
患者とのコミュニケーションが不要な場合。 いいかえれば入力に専念できる環境であり、キーボードに熟達していれば手書き以上の速度で記載が可能である。入院サマリーの電子化は特に重要と考えられる。入院サマリー、放射線画像の読影レポート、病理レポート、生理検査等の判読、等
記載のフォーマットが明確な上、情報の転記[1]が可能な場合診断書等
記載のフォーマットが明確であり、医学的思考をさほど要しない場合人間ドック等
オーダエントリの段階ですでに電子化されているもの
2)困難な場合
電子化が不可能なもの
患者からの承諾書等は証拠品として紙の原本を残さざるを得ない。
記載が二の次である場合
一例を上げれば全身麻酔中の患者係の看護婦が申し送りのために情報を電子化できるかという問題である。麻酔中のトラブルは早期発見こそが最重要であり、入力に一生懸命になってトラブルの発見が遅れては何もならない。
急変症例の救命処置中も同様である。指示等を紙に走り書きで出すことはできてもキーボードの前に座る余裕はない。処置後に入力すればいいとの声もあるが、トラブルが発生した場合証拠が一切残らず責任問題に発展すると考えられる。
手術室、救急室、ICU、重症例を多く扱う部門、等
3)議論して決めるべき場合
(1) 外来診療録・入院診療録(後述)
(2) 院外紹介状・院内紹介状
記載のフォーマットが明確であり情報の転記が可能であり電子化はさほど困難ではないが、紹介状は科の顔、病院の顔である。キーボードに慣れない医師がお粗末な紹介状を出すようなことは絶対避けるべきでり、そのためには手書きという道も残すべきと考える。
(3) 手術記録
手術記録の記載法は外科医が長年の経験と修練によって身につけるものであり、これを変えさせるには外科医が納得するだけの理由が必要である。電子化がどうしても必要であれば適宜電子化を、電子化の必要性が薄いのであれば電子化断念をすべきと考える。
電子化の方法は次の二法が考えられる。
一つはすべてをイメージ情報として電子化する方式である。紙に手書きした記録をスキャナー等で取り込むことにより達成可能であり、外科医は従来どおり紙を基準として手術記録を記載することが可能である。本方式では電子的保存・転送等は可能となるが、この程度であれば紙コピーの保存やファックス転送で代用可能である。スキャナーから高精度で取り込んだとしてもモニター上では見づらくなるため、電子化したとしても紙に書かれた記録が原本として保管されることが予想される。メリットは少ないが外科医の抵抗も少なく、外科医から最低限の協力しか得られない場合には有効な方法と考える。
もう一つはイメージ情報とテキスト情報を混在させて電子化する方式である。記載漏れを減らし後日の集計に役立てるためには、情報がテンプレートやシェーマから入力されていることが望ましい。この場合にはテンプレートやシェーマ向きに手術を解析し再構築するという過程が必要であり、現在多くの施設で研究・実施が始まっている[10]。外科医が自ら望んで電子化する場合に有用である。ただしこのような記載に向く手術と向かない手術があり、向かない手術にまで本方式による記載を期待するのは無理というものである。
(4) X-P等フィルム類
CT、MRIで有れば画素数が通常26万画素程度[6]までとモニター画面で見るのに適するのに対し、CRでは通常のX-Pフィルムに比し空間分解能・濃度分解能に劣っており[6][7]肺ガンの早期発見を目指す呼吸器科、微妙な骨折の影を読みとろうとする整形外科等では深刻な問題である。一方、同様に微妙な画像の劣化があったとしても、耳鼻科領域に関しては耳鼻科医の著者にとってもさほど深刻とは言い難い。
画像情報の電子化に当たっては、コスト面も考えた上で各科ごとに対応するか、全科で電子化するかは合議にて決定すべき問題と考える。
(5) その他
電子化にかかるコストと電子化によって得られるメリット、システム全体の整合性を考えて論ずべき問題である。
4. 診療部門別に見た電子化への適性
1)外来診療録
記載の主体は主に医師であり、その医師の特性、科の特性、業務内容により大きく事情が異なる。各科の特性については同僚医師からの聞き取りに基づいて記したものである。(ここで言う診療録とは患者の訴えや所見などを記載した部分をさすこととする)
精神分裂病の患者の場合、自己の情報が世界に発信されている、電波を介して自分が命令を受けるという被害妄想[8]に陥りやすい。このような患者の前で患者の訴えを電子化して記載すれば、「自分の情報が世界に発信されるのはあの医者のせいだ、あの医者は敵だ」と言った妄想に転化されやすく、極めて危険である。患者のいない隙に書くとしても患者の前でモニターを見られないとすれば、電子化して書く意味はない。精神科については診療録の電子化はおよそ不可能とのことであった。
診察範囲が耳・鼻・のど・頭頚部と性質の異なる臓器にまたがり、診断学的体系も臓器別に異なる上にそれぞれの臓器が近接して存在し影響しあうという関係にあり、テンプレートによる記載はほぼ不可能である。キーボードを用いた入力実験[2]にても医学的思考を犠牲にすることで患者とのコミュニケーションを取りながら記載するのがやっとであり、現時点では不可能と考えられる。
殆どの医師は診療録電子化に対して否定的でり、若干名だけが電子化に賛同を表明した。賛同者だけでも電子化することは可能と考えるが、その場合には電子化しない医師の診療と連携をはかるための工夫が必要である。
2)入院診療録
入院診療録は主に医師記録と看護記録により成り、電子化する場合には両者を同時に電子化することが必要と考えられる。片方のみの電子化した場合、情報が紙とコンピューターとに分かれるため両者を結びつけるために新たな工夫が必要である。
(1) 医師記録
外来部門以上の困難が予測される。最大の難点はコンピューターの得意とする標準化が一般的な症例・簡単な症例には当てはまっても、特殊な例・難しい症例には当てはまらないことである。臨床医の実感として簡単な症例とは標準化可能な症例のことであり、難しい例とは標準化が困難な症例のことである。紙に手書きする代わりにワープロで書くだけの電子化であれば、考えをまとめるという点に関して紙の方が遙かに楽[2]である。重症例に対し最善の治療を紡ぎ出すという点において、よほどの慣れがなければ電子カルテが紙に勝るとは考えがたい。
各科の特性については同僚医師からの聞き取りに基づいて記すものである。電子化が有用な部門も各論的にはあると考えるが、総論として実装を討議する段階にあるとは考えがたい。
外来同様の理由で不可とのことであった。
初対面の外来患者に比べ入院患者ではある程度の信頼関係も成立していること、診察において問診の比重が小さく処置主体となることなど、外来と大きく異なる。殆どの患者が専用の診療イスに座って診察を受けるため、医師は机のコンピューターの前に座って落ち着いて記載することが可能である。図を多用する点においては不安はあるが、文字情報のみの電子化については比較的容易と考える。
歩けない患者も多く病室に出向いての診察が主体となる。、病室でカルテを読める必要があり、コンピューターを病室まで持っていくか、印字した紙を持っていくかが必要である。コンピューターを持っていったとしても座らずにキーボードを操作することは苦痛であり、医師が入力のために座れるスペースを処置中の病室に求めた場合かなりの面積が必要となる。紙に印字した場合、内容はカルテそのものであり、セキュリティ[13]上、従来の紙カルテ同様の厳重な管理が必要である。
患者の病室を回る形での回診になるため、病室でカルテを読めないことには仕事にならないとのことであった。
同僚医師の意見は外来とほぼ同様であった。
特定の科の医師記録を電子化した場合、それにふさわしい看護システムをその科のために構築しなくてはならない。看護婦の人事異動は科を越えてなされるのが通例であり、移動したばかりの看護婦にも対応が容易なシステムであることが望まれる。
(2) 看護記録
「検査の後、胃のあたりが重苦しい」といった訴えは、テンプレートからの選択方式だけで入力することは実質不可能[3]であり、ワープロ入力は必須である。
看護の基本はチーム看護であり、チーム内のもっとも習熟度の低い看護婦によって全体のレベルが規定されると考えられる。少数精鋭であれば現在でも電子化可能と考えるが、病院全体となると現段階では危険と考えられる。また看護婦の入退職に伴う混乱も考慮に入れておくことが必要と考える。
看護サマリーのみの電子化と言った部分的電子化であれば比較的容易と考えられるが、その場合でもキーボードから逃げるベテランとサマリー担当を押しつけられる若手といった構造も予測され、職場環境の悪化と言った事態も予測される。このような事態への対策として、電子化するものが看護サマリーのみである場合には、例外的にスキャナー方式を採用することも有用と考えられる。スキャナー方式の欠点は情報が重くなること、モニター上で見づらいことであるが、印刷して使用することを基本として運用する分にはこの欠点は重大なものとならない。電子化の方式と運用とは直結する問題であり、差し迫った必要がなければ妥協することも重要と考える。
バイタルサインの情報の電子化については、携帯端末を用いることにより入力は簡便化[9]されるが、その情報を見るためにコンピューターを操作するか、印字することが必要となる。紙の温度板に書き込む手間は省けるかもしれないが、見る手間が増えたのでは確実にメリットがあるとは言い難く、全体の運用と照らし合わせて総合的に判断すべきと考える。
5. 電子化困難な部門に対する電子化の考え方
総合病院において、電子化困難な部門に対し診療録を電子化させるための考え方は次の三つと考える。
一番目の考え方は、電子化による医療への波及効果のすばらしさを力説し、多少の困難があってで電子化させるという考え方である。この考えの欠点は、相手の立場でものを考えていないことである。
二番目の考え方は、診療録の記載方式をコンピューター向きに改造する、ディバイスを工夫する等により、困難を克服しようする考え方である。一部には有用と考えられるが、最大の欠点は目先の役に立たないことである。
三番目の考え方は、困難は困難として認め、電子化を無理のない範囲にとどめ後日の発展を期そうという考え方である。この考え方の欠点は、せっかくの電子化であるにもかかわらず、電子化のメリットすべてを享受できないことである。
総合病院の電子カルテ実装に当たっては、三番目の考え方を基本に、二番目の道を常に探し求めつつ、時に一番目のやり方を時に混ぜるというのが現実的と考えられる。
6.結び
本論は2000年開院の公立置賜総合病院のために、やや近視眼的に診療録電子化のあり方について考案したものであり、今後技術の進歩・普及とともに急速に変化・陳腐化すると予想されるものも多い。一方、以下の二点については今後とも変わらずに重要であろうと考える。1.実装時点での医療に役立つ電子化は何かを中心に考えること、2.さしあたり電子化に向かない部門にまで過剰な電子化を強制しないこと。
【文献】
大橋克洋:なぜ診療所からか,電子カルテが医療を変える.日経BP社:86-98,1998
川合正和、伊藤 吏:臨床医からみた電子カルテ-病歴の入力方式-キーボードを用いた外来診療録全文電子化の試み:http://www.miyazaki-med.ac.jp/medinfo/sgmeeting/sg98/documents/kawai/kawai1.html ,1998
川合正和、伊藤 吏、笠島直子、川合厚子::テンプレート主体による病歴記載の試みとその評価、医療情報学誌18(3):211-215.1998
川合正和、笠島直子、伊藤 吏、川合厚子:タブレットによる診療録全文電子化の試みとその評価、医療情報学誌18(2):157-161.1998
山下芳範:入力手段の簡便化と多様化,INNERVISION,13(8):72-75,1998
前田知穂、紀の定保臣、高田明浩、他:フィルムレスの考え方と要件-CRT診断の現状と展望-,INNERVISION,13(8):97-101,1998
前田知穂 、原田貢士、堀信一:フィルムレスで広がる世界-CRT診断のメリットとは-,INNERVISION,13(8):114-120,1998
保崎秀夫:精神分裂病、エッセンシャル精神医学、医歯薬出版: 215-229,1982
佐々木元:携帯情報端末を用いた看護支援システム,医療とコンピューター,9(2):19-23,1998
湯浅涼:電子カルテの現況と展望電子手術記録、JOHNS,13(12),1827-1832, 1997